「しまだ」生活

  • その気になれば輝けるこの街。1人1人顔が見えるこの街。一緒に作ろうこの街の魅力。

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    平山 和泰・旬子ひらやま かずやす・じゅんこ

    バンドラジオデイズ/夢づくりLIVE実行委員


    どこにいて、どんなきっかけで島田に帰ってきましたか?又は島田に来ましたか?
    夫婦ともにIターン組(三島市と埼玉県川口市出身)。
    仕事の関係で東京をはじめ、全国を転々としてきましたが、定年退職を機に田舎の暮しを求めて移住してきました。
    現在、島田市金谷城之壇地区(13軒の集落)に暮らしています。


    40代前半のバブル崩壊後「エルカンポイスモ」という言葉と出逢いました。
    本当の豊かさを求め、生活の場を今一度見直そうとする新地方生活運動です。
    当時カタカナ文字の華やかな職に就いていましたがこの言葉と出逢い、「本当の豊かさって何だろう?」「それを実現するためには、どこに生活の場を置くべきか」と心を揺るがされました。
    そして今この地を終の棲家と定め、島田で暮らしています。

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    今、どんな活動(仕事)をしていますか?
    東京から移り住んだ当初、温かく迎え入れてくれた地域の方々への感謝と恩返しにと、自分のスキルで出来ることを模索していました。
    一つには、地域を元気にするための起業家を育てる「ビジネス発想塾」を主催していました。
    3年間で20回ほど講座を開き、現在は休眠しています。


    もう一つ音楽で島田を元気にする活動に参加して、毎年開催される「夢づくりLIVE」の実行委員にも携わっています。
    同時に夫婦で「ラヂオデイズ」というバンドで音楽活動をしています。
    一方この地域も高齢化と後継者不足が進行しており、お茶工場のお手伝いをはじめとして、みかんの収穫や田植え、稲刈りなどのお手伝いをしています。
    地場産業のお手伝いをすることによって、ようやくこの地に足を着くことができたように思います。

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    島田に来て(又は、島田から離れてまた戻って)イメージや街への想いは変わりましたか?
    どう変わった?
    大都会とは比べるべくもありませんが、そこそこ便利な街だと思います。
    刈り取った茶葉を運び出す手伝いをしているとき、青空の涼風のもと、今も満員電車に揺られているかっての同僚を思い、「してやったり!」と誇らしく思います。

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    あなたにとって島田ってどんな場所ですか?
    昨年「Find your dreams 夢づくりで逢おうよ」というオリジナル曲を創りました。
    “その気になれば輝けるこの街、一人ひとり顔が見えるこの街、ただ都会に憧れてちゃダメ、一緒に創ろうこの街の魅力、一人ひとり手と手をつなげば、この街だって変ってゆく”抜粋ですが、歌詞に自分なりの島田への想いを込めました。
    その他 やりがいってなんですか?
    【和泰さん】
    音楽を地域に根差した文化にしていきたい。年一回の「夢づくりLIVE」だけではなく、もっと街中にも出て行って音楽で島田を元気にしたい。
    夢は市内のアマチュアバンドによる島田球場でのコンサートです。
    ミニ東京を目指すのではなく、地域の人々が何もない豊かさに誇りをもって、どのように魅力を創り上げ、訴えていくのかが大切だと思います。
    豊かな自然、穏やかな気候、そこに暮らす人々、素材は沢山あります。島田は可能性のある街です。
    Iターンはアイデンティティ・ターン、大都会に埋もれてしまうのではなく、自分の個性や存在を発揮するために移り住むことと解釈しています。


    【旬子さん】
    これまで実行してきたように「自分のやりたいことを先ずやる!」を大切にしています。
    行動することによって人の輪が拡がっていきます。
    東京で篠笛を習っていたので、移り住んだ早々から八幡神社や金谷茶まつりのお囃子に参加して、多くの方々と出逢うことができました。
    アイデンティティを持ちつつ、自ら輪に入っていくことをこれからも大切にしていきたいと思います。
    その他には農業にも力を入れたいな。自然農法を採り入れて、美味しい野菜を作りたい。